社会人からの物理と数学

趣味ではじめた物理や数学の内容を備忘録としてまとめていきます。

流体力学(前編)を読む 第5回

本書 第14項 ベルヌーイの定理の応用

・はじめに
今回はベルヌーイの定理を物理的な意味で学び、実際の流体でどのように扱われるのかを見ていきたいと思います。


・本題
まずはじめにベルヌーイの定理を扱うにあたって忘れてはならない前提条件を確認する。それは保存力、バロトロピー性、そして定常流であった。詳しくは第4回の記事を参照していただきたい。そしてベルヌーイの定理とはこれらを前提条件として仮定したときに、ある流線上においてベルヌーイ関数Hが一定の値を取ることを述べたものであった。

ここでもう一度ベルヌーイ関数を示しておく
\begin{equation}
H=\frac{1}{2}q^2+P+\Omega \tag{5-1}
\end{equation}

さてこのベルヌーイ関数を理解するためにもっと直観的なわかりやすい形にしたい。qは流速なので問題ないが、P\Omegaはいずれもポテンシャルでわかりづらい。そこでこれらをわかりやすい物理量に変えるため、もうふたつ新たに条件を課す。それは一様な重力場縮まない流体(非圧縮性流体)である。どういうことかそれぞれ見ていこう。

条件1 一様な重力場
一様な重力場とはつまり保存力である{\bf K}を重力とみなして扱うということである。保存力{\bf K}
\begin{equation}
{\bf K}=-\mathrm{grad}\Omega
\end{equation}
であったから、重力加速度をg、鉛直上向きの座標をzと置くなら
\begin{equation}
(0,0,-g)=-\mathrm{grad}\ gz
\end{equation}
つまり
\begin{equation}
\Omega=gz \tag{5-2}
\end{equation}
と置くことにより表現できる。

条件2 縮まない流体
縮まない流体とは数学的に言えば密度\rhoラグランジュ微分0であることと定義される。これについては少しややこしいので末尾の補遺で詳しく考察する。ここでは密度\rhoを定数とみなすことと解釈して欲しい。
するとP
\begin{equation}
dP=\frac{dp}{\rho}
\end{equation}
で定義されるような関数であったから、密度\rhoが定数であればただちにこれは
\begin{equation}
P=\frac{p}{\rho} \tag{5-3}
\end{equation}
で表現される。

それではこれらの結果を(5-1)式に代入してみよう
\begin{equation}
H=\frac{1}{2}q^2+\frac{p}{\rho}+gz 
\end{equation}
そしてベルヌーイの定理によればこの関数は流線に沿って一定の値を取るから結局
\begin{equation}
p+\frac{1}{2}\rho q^2+\rho g z=\mathrm{const} \tag{5-4}
\end{equation}
というふうに整理することができる。さて、この結果はとても重要なことを示唆している。まず第1項はただの圧力pで問題ない。第2項はどうか。密度\rhoは単位体積あたりの質量を意味するから、結局これは運動エネルギーを表している。そして同じように第3項は位置エネルギーを表している。つまり(5-4)式は

圧力 + 運動エネルギー + 位置エネルギー = 一定

ということを表現しているのである。この結果は流体力学におけるエネルギー保存の法則を表現したものと考えられ極めて重要である。


それでは以上の事実を踏まえた上で具体的な流体の挙動を考察していく。
まず以下の図のように流れの中に物体が置かれているとする。


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すると図に示したよどみ点と呼ばれるところで流体の流れはせき止められ流速は0になる。この様子をベルヌーイ関数で表現してみよう。ベルヌーイの定理によれば同じ流線上ではベルヌーイ関数が一定値を取るわけだから
\begin{equation}
p+\frac{1}{2}\rho q^2+\rho g z = p_0+\frac{1}{2}\rho q_0^2+\rho g z\ \\
\text{ただし}\ p_0,\ q_0\ \text{はよどみ点における圧力と流速}
\end{equation}
となる。ここで鉛直成分zに変化はないものとし、またよどみ点における流速は0であることを考えると
\begin{equation}
p+\frac{1}{2}\rho q^2 = p_0 =\mathrm{const} \tag{5-5}
\end{equation}
が得られる。すなわち流線に沿っての一定値とはよどみ点における圧力に等しい。この一定値のことをよどみ圧、もしくは総圧という。またこれに対しふつうの圧力p静圧\displaystyle \frac{1}{2}\rho q^2動圧という。
(5-5)式によれば、流速q
\begin{equation}
q=\sqrt{\frac{2(p_0-p)}{\rho}} \tag{5-6}
\end{equation}
で得られるので、総圧p_0と静圧pを計測できれば流体の速度を知ることができる。この原理を応用したのが航空機などで速度を計測するために用いられるピトー管である。

では次に少し一般化して縮まない流体ではない場合、つまり圧縮性流体について同様に考えてみたい。ここでは流体を断熱法則に従う理想気体*1と仮定して圧力と密度の関係を
\begin{equation}
p=k\rho^{\gamma}
\end{equation}
とする。ただしkは適当な比例定数、\gammaは比熱比で気体分子の構成によって変わる。これを微分すると
\begin{equation}
\frac{dp}{d\rho}=k\gamma\rho^{\gamma-1}
\end{equation}
より圧力関数P
\begin{align}
P&=\int \frac{dp}{\rho}=\int \frac{k\gamma\rho^{\gamma-1}d\rho}{\rho}=k\frac{\gamma}{\gamma-1}\rho^{\gamma-1}\\
&=\frac{\gamma}{\gamma-1}\frac{p}{\rho}
\end{align}
で与えられる。
これに音速c*2
\begin{align}
c^2&=\frac{dp}{d\rho}=k\gamma\rho^{\gamma-1}\\
&=\gamma\frac{p}{\rho}
\end{align}
を加えると、結局圧力関数P
\begin{equation}
P=\frac{1}{\gamma-1}c^2 \tag{5-7}
\end{equation}
で与えられることになる。
それではこのPを用いてベルヌーイの定理に当てはめていこう。その前に気体の流れではふつう外力の影響を無視して\Omega=0とみなすことを断わっておく。本書では厳密な説明はなされていないが、空気は十分に軽く流体の高度差が特別大きくなければ、それは静圧や動圧の変化に比べて十分小さいであろうことは容易に想像できる。よってこのような仮定と(5-7)式の結果からベルヌーイ関数は
\begin{equation}
\frac{1}{2}q^2+\frac{1}{\gamma-1}c^2=\mathrm{const}
\end{equation}
のように表現される。ここで先程と同様によどみ点での状態(添え字0で表現)とイコールの関係で結べば
\begin{equation}
\frac{1}{2}q^2+\frac{1}{\gamma-1}c^2=\frac{1}{\gamma-1}c_0^2
\end{equation}
が成り立つ。 途中経過は省くが、この結果を用いると流速qは最終的に以下のように表される。
\begin{equation}
q=q_m \left \{ 1-\left( \frac{p}{p_0}\right)^{\frac{\gamma-1}{\gamma}} \right \}^{1/2} ,\ \text{ただし}\ q_m=\sqrt{\frac{2}{\gamma-1}}c_0\tag{5-8}
\end{equation}
この式はたとえば次のようなことを考えるときに使える。図のような容器の中に空気が充満しているとして、この栓をある瞬間に開くとする。すると容器内部の圧縮空気は圧力の低い外気に噴出していく。この噴出する空気の流速qを求める式が(5-8)式になる。ちなみによどみ圧はこの場合容器内部の圧力p_0である。
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(補遺)縮まない流体
改めて縮まない流体(非圧縮性流体)について定義*3する。縮まない流体とは運動中の流体粒子の密度が時間によらず一定であることをいう。これを数式で表すと
\begin{equation}
\frac{D\rho}{Dt}=0 \tag{5-9}
\end{equation}
となり、密度\rhoラグランジュ微分0ということになる。ここで気をつけなければいけないのは
\begin{equation}
\frac{\partial \rho}{\partial t}=0 \tag{5-10}
\end{equation}
は必ずしも成り立たないということである。つまり空間的に密度が一様であることまでは求めておらず、あくまで空間の各部分における流体を追いかけたときにその密度が不変であることを要求しているだけだ。もう少し数式で考えてみよう。(5-9)式をラグランジュ形式からオイラー形式に変形してみる。すると
\begin{equation}
\frac{D\rho}{Dt}=\frac{\partial \rho}{\partial t}+\boldsymbol{\mathcal{v}}\cdot \mathrm{grad}\ \rho=0 \tag{5-11}
\end{equation}
を得る。これを見てもわかるように\displaystyle \frac{\partial \rho}{\partial t}はなにか有限の値であっても良いわけである。この違いはしっかりと認識しておきたい。
それでは\rho=\mathrm{const}と単純に置けないではないかという疑問が湧いてくる。しかし定常流を前提とするベルヌーイの定理では話が違う。なぜなら定常流では\displaystyle \frac{\partial \rho}{\partial t}=0が成り立つので(5-11)式からただちに
\begin{equation}
\boldsymbol{\mathcal{v}}\cdot \mathrm{grad}\ \rho=0 \tag{5-12}
\end{equation}
が成り立つ。そして内積0ということは速度\boldsymbol{\mathcal{v}}\mathrm{grad}\ \rhoが垂直にあるということ、つまり密度\rhoは流線(速度 \boldsymbol{\mathcal{v}})に沿って一定の値を取ることを示している。このことは単純に定常流では流線と流跡線が一致する*4という事実からも容易に導かれる。つまり流体粒子の軌跡である流跡線は定常流では流速ベクトルの成す流線に一致するので、密度\rhoが流跡線に沿って一定(縮まない流体)ならば、その流線に沿っても密度\rhoは常に一定である。

追記
縮まない流体は厳密に議論すると上記のようになるが、参考に載せたウィキペディアの非圧縮性流れの中の「非圧縮性流れと非圧縮性物質の違い」の項には次のような指摘がある。文献などでは概ね非圧縮性流れでは密度が一定であると仮定している。これは技術的には不正確であるが慣例としてなされている。つまり密度一定は誤りであるが多くの文献でこれが慣例として受け入れられていると述べている。実際本書にも縮まない流体だから\rho=\mathrm{const}という記述を目にする。この点については厳密性を欠くのではないかと少々腑に落ちない部分もあるので、以後十分注意して読み進めていく。一方で扱う対象が液体の場合には\rho=\mathrm{const}が無条件で許容できるし、気体の場合にも流速がマッハ0.3を超えなければ工学的には密度変化を無視できるとされており、密度一定としてもそこまで一般性を欠くような事態にはならなそうである。

・まとめ
今回はベルヌーイの定理の物理的な意味を最初に確認し、それはエネルギー保存の法則流体力学に拡張したものと解釈することができました。そしてこのエネルギー保存の法則を用いれば流体の細かい挙動を知ることができることも確かめました。そして最後に特筆しておきたいのは、流速(動圧)が上がると圧力(静圧)は下がり、流速(動圧)が下がると圧力(静圧)は上がるという関係性を発見したことです。これは翼の上面で流速が速くなった結果圧力が下がり、翼の下面で流速が遅くなった結果圧力が上がることによって圧力差が生じ揚力が発生するという一般的な説明に通じる重要な事実です。ただし忘れてはいけないのはベルヌーイの定理はいくつかの条件を要求すること、そしてその保存則が成り立つのは各流線の上だけだということです。