社会人からの物理と数学

趣味ではじめた物理や数学の内容を備忘録としてまとめていきます。

流体力学(前編)を読む 第9回

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本書 第20項 渦無しの流れ

・はじめに
今回は流体中に物体があるような場合を少し考えてみたいと思います。たかだかひとつの物体を入れただけで急に数学的な深い話に陥ったり、あとで見るように循環の新たな発見をすることになります。

・本題
まずは循環の定義からいこう。循環 \Gamma(C) とは
\begin{equation}
\Gamma(C)=\oint_C \boldsymbol{\mathcal{v}}\cdot d\boldsymbol{r} = \iint_S \mathrm{rot}\ \boldsymbol{\mathcal{v}}\cdot d\boldsymbol{S} = \iint_S \boldsymbol{\omega}\cdot d\boldsymbol{S}\tag{9-1}
\end{equation}
で与えられた。ここで最初の式変形にはストークスの定理を適用したことを思い出そう。
いま循環を取るにあたり2次元の流体を想定し、任意の閉曲線 C をある物体を取り囲むように引いたとする。(下図参照)

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すると(9-1)式のストークスの定理*1を応用した面積積分は瞬く間に成り立たなくなる。成り立たない理由は数学的には単連結ではないからと説明されるが、ここでは閉曲線 C に囲まれる領域 S に物体があって面積積分が実行できないというくらいの解釈で良いと思う。

さて、このことをもう少し深く理解するために以下のような関数を考える。
\begin{equation}
I(ACB)=\int_{A(C)}^B \boldsymbol{\mathcal{v}}\cdot d\boldsymbol{r} \tag{9-2}
\end{equation}
式は循環の定義とほぼ同じだが、異なるのはその積分経路で循環が閉曲線なのに対して、(9-2)式は任意の点ABを結ぶ開曲線である。ポイントはその2点を結ぶ開曲線 C もまた任意であることだ。このような関数をここでは流速積分と仮に呼ぶこととする。
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いまそんな流速積分の経路として図のように CC' のふたつの経路を考える。そして A から出発し C を通って B に達し、今度は C' を通って A に戻るような積分経路を考えると、以下の式に示すようにこれは紛れもない循環の式になる。
\begin{equation}
I(ACB)+I(BC'A)=I(ACBC'A)=\Gamma(C+C')
\end{equation}
ここで仮に、経路内には物体もなく流体は渦なしであることを仮定すると(9-1)式より \Gamma(C+C')=0 となるため上の式は
\begin{align}
I(ACB)+I(BC'A)&=0\\
I(ACB)&=-I(BC'A)\\
I(ACB)&=I(AC'B)
\end{align}
と変形できる。つまり(9-2)式で定義した流速積分はその積分経路 C によらず一定である。またこのような CC' のような関係を CC' は互いに移しあえるという。さらに互いに移しあえる場合には CC' をつないでつくった閉曲線は変形しながら1点に縮めることができるので特に縮められる閉曲線と呼ばれる。ちなみにこのような領域を数学的には単連結であるという。
ところが先程の閉曲線内に物体を放り込むと事情が変わってくる。今度は物体が邪魔をして CC' が互いに移しあえなくなってしまう。よって縮められる閉曲線ではなくなってしまう。ちなみにこれのような領域を重連という。この場合、一般的には
\begin{equation}
I(ACB)\neq I(AC'B)
\end{equation}
となる。つまり互いに移しあえない曲線どうしでは線積分の値が必ずしも一致しないことが数学的に知られているようである。この辺の話は数学の多価関数*2を詳しく勉強すると分かりそうではあるがここでは深入りしないことにする。

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さて、図のような状況で
\begin{equation}
I(ACB)\neq I(AC'B)
\end{equation}
だとすると、この場合の循環は
\begin{equation}
\Gamma(C+C')=I(ACB)+I(BC'A)=I(ACB)-I(AC'B)\neq 0
\end{equation}
となり、渦なしの場合であっても循環は 0 にはならないのである。これは意外な事実である。なぜなら前回の記事では散々、循環とはある閉曲線を貫く渦管だと理解していたのに、今度は渦がなくても循環が存在するという結論を導いてしまったからである。しかもその閉曲線内に物体があり領域が単連結ではないような場合に限ってである。
さて数学的に得られた今回のような結論を我々はどう解釈すべきだろう。循環とは単に渦を囲んで周回積分したものと考えていたが、渦なしでも循環が存在する事実を知ったいまそのような理解ではいけない。この疑問に対する答えとして、本書を精読していた中で見つけた次の記述が比較的わかりやすいヒントを与えてくれる。

以下引用

ドーナツ型の容器の中で水がグルグル回っているばあいを想像すれば (中略) 水が回っているとしても流れは渦無しである。つまり水の粒子は公転運動をするけれども自転はしていない。渦運動をするかしないかは、自転運動をするかしないかだけによってきまり、公転運動とは無関係であることに注意しなければならない。

引用終わり

この説明文からもわかるように、渦度として定義した渦は流体の微小な粒子の自転運動であり、循環とは巨視的な流体の公転運動を表すと区別できる。ちなみにドーナツ型の容器は3次元における多重連結なので、まさにこの場合は渦なしの流れで循環が存在する場合の例であると言える。

・まとめ
今回は渦と循環の違いについて考えることができました。ただ私としてはまだ腑に落ちない部分もあります。単連結の領域で流体をかき混ぜるように動かすと、当然循環は発生すると考えられますが、この場合逆にストークスの定理から渦が存在しなければならなくなります。しかしながら微小粒子の自転運動と解釈できる渦がこの場合どのように発生しているのか、あまりイメージができません。むしろこの場合は循環ありの渦なし運動の方がしっくりきます。要するに単連結か多重連結かでそのような物理現象に違いが生じるという感覚が私には今のところまったく掴めていません。
ストークスの定理にしろ、単連結や多重連結にしろ、多価関数にしろ議論している内容がほとんど数学で抽象論になってしまうので、得られた結果を物理的にどう解釈するかという問題は結構難しいものです。また本書を読み進めるうちに理解が深まり霧が晴れていくことを願うばかりです。