社会人からの物理と数学

趣味ではじめた物理や数学の内容を備忘録としてまとめていきます。

流体力学(前編)を読む 第17回

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本書 第28項 静止円柱を過ぎる一様な流れ

・はじめに
 前回は円柱まわりの一様流の様々な形を見てきましたので、今度はそのような流体が円柱に実際に及ぼす力を計算していきたいと思います。


・本題
 円柱に働く力を求める方針は以下の通りである。
①円柱まわりの流速を求める
ベルヌーイの定理に流速を代入して圧力を求める
③圧力を積分し円柱に働く力を求める

 では実際に求めてみよう。まずは流速であるが、これは複素速度ポテンシャル f微分して複素速度 df/dz を得るのが一般的である。しかし今回は円柱表面の速度だけ分かれば良いのでもっと簡単に求めることができる。すなわち円柱表面の流速を \mathcal{v}_\theta とすると
\begin{equation}
\mathcal{v}_\theta = \left( \frac{1}{r}\frac{\partial \varPhi}{\partial \theta} \right) \tag{17-1}
\end{equation}
で得ることができる。なぜなら \varPhi を流線方向に微分したものが流速であり流線はこの場合円柱表面に沿っているから、結局円柱の接線方向に微分すれば流速を得られる。そして接線方向の微分とは接線方向の微小変化量で割ることだから、rd\theta で割ればよいことになる。
 それではまず \varPhi を求めてみよう。複素速度ポテンシャルは
\begin{equation}
f=Uz+i \kappa \log z +\frac{U}{z}
\end{equation}
なので、これに z=e^{i\theta}(円柱の半径は1なので|z|=1) を代入すると
\begin{align}
f&=Ue^{i\theta}+i \kappa \log (e^{i\theta}) +\frac{U}{e^{i\theta}} \\[6pt]
&=U(e^{i\theta}+e^{-i\theta})+i \kappa (i\theta)\\[6pt]
&=2U \cos \theta -\kappa \theta
\end{align}
したがって
\begin{equation}
\varPhi=2U\cos \theta -\kappa \theta , \hspace{10pt} \varPsi=0
\end{equation}
であるから、円柱表面の流速は(17-1)式より
\begin{equation}
\mathcal{v}_\theta = \left( \frac{1}{r}\frac{\partial \varPhi}{\partial \theta} \right)_{r=1}=-(2U \sin \theta + \kappa) \tag{17-2}
\end{equation}
であることを得る。

 次にベルヌーイの定理を利用してこの流速から圧力を得てみよう。まずベルヌーイの定理とはある流線上でベルヌーイ関数 H が一定の値を取るということだった。そして一様な重力場における縮まない流体の運動については以下の式が成り立った。
\begin{equation}
H=p+\frac{1}{2}\rho q^2+\rho g z=\mathrm{const}
\end{equation}
そしてこの式から位置エネルギーの項を除外しても、気体のような軽い流体の場合には一般的に問題ない。すると変数が圧力 p と流速 q だけになるので流速から圧力が求まるという算段である。今よどみ点の圧力を p_0 とすれば円柱表面上のベルヌーイ面では以下の等式が成り立つこととなる。
\begin{equation}
p+\frac{1}{2}\rho \mathcal{v}^2_\theta=p_0
\end{equation}
よって求めたい円柱表面の圧力 p
\begin{align}
p&=p_0-\frac{1}{2}\rho \mathcal{v}^2_\theta\\[6pt]
&=p_0-\frac{1}{2}\rho (2U \sin \theta+\kappa)^2\\[6pt]
&=p_0-\frac{1}{2}\rho (4U^2 \sin^2 \theta+4\kappa U \sin \theta+\kappa^2) \tag{17-3}
\end{align}
となる。
 最後にこの p を円周上に渡って周回積分すれば円柱に働く力を得ることができる。いま円柱に働く力を \boldsymbol{F} として、その x 成分 F_xy 成分 F_y を分けて考えると
\begin{equation}
F_x=-\int_0^{2\pi} p \cos \theta d\theta , \hspace{20pt} F_y=-\int_0^{2 \pi} p \sin \theta d\theta
\end{equation}
を計算すれば良い。(17-3)式を代入して計算するわけだが三角関数y 軸に関する対称性から
\begin{equation}
F_x=0 \tag{17-4}
\end{equation}
また
\begin{equation}
F_y=\frac{1}{2}\rho \ 4\kappa U \int_0^{2 \pi} \sin^2 \theta d\theta = 2 \pi \kappa \rho U =-\rho U \Gamma \tag{17-5}
\end{equation}
が得られる。ただし \Gamma=-2\pi \kappa (第13回記事参照)であることを用いた。

 一般に流れが物体におよぼす力のうち、水平方向の成分を抵抗、鉛直方向の成分を揚力というので、ここで考えた F_xF_y はそれぞれ抵抗と揚力を表していることになる。すると上式から意外なことがわかる。まず抵抗 F_x がゼロであるということ。これは物体が風を受けたときに風下側に流されるような力が働かないということになり経験上の感覚からは明らかにずれている。よってこのことをダランベールパラドックスと呼ぶ。次に揚力が発生しているということ。これは必ずしも翼のような形をしていなくても揚力が発生することを示している。ただし揚力は循環 \Gamma が発生しているときに限り作用する。これをクッタジューコフスキーの定理という。

・まとめ
 円柱に働く力を計算してみると、なんと意外なことに揚力が得られてしまいました。この記事を書いているそもそもの目的は翼に揚力が発生するメカニズムを解明することだったので、そういう意味ではここでひとつの答えを導いたことになります。つまり物体まわりに循環が発生することで物体の上と下で流速に差が生まれ、その流速の差がそのまま圧力の差となって揚力を生むというわけです。問題はなぜ循環が生まれるのかということなのですが、それはこの段階でもまだわかりません。わかったことは循環が揚力発生の肝らしいということだけです。
 また揚力とは別に抵抗に関する疑問も湧きます。それは本文中で紹介したダランベールパラドックスと呼ばれるものです。明らかに実態とかけ離れたこの結果をどう受け入れるかは考えなくてはいけません。現時点でこの疑問に正確な答えを出すことはできませんが、調べたところによれば前提条件として理想流体を想定し粘性を考慮していないことなどが影響しているようです。ここまで積み上げてきた理論が既に実態と乖離してきていることは素直に認め、今後も注意深く理論を疑っていかねばならないでしょう。そういう意味では上で得られた揚力も無条件に受け入れていいものか不安ではありますが。
 とりあえず長々と3回にわたってやってきた「静止円柱を過ぎる一様な流れ」についての考察は今回で以上になります。ここは翼の揚力発生につながる重要な理論になると思われましたので、丁寧に詳しく書いてきたつもりです。次回は流体が物体におよぼす力のもう少し一般的な形を考えてみたいと思います。