社会人からの物理と数学

趣味ではじめた物理や数学の内容を備忘録としてまとめていきます。

流体力学(前編)を読む 第22回

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本書 第34項 二次元翼理論

・はじめに
 前回は平板翼を考えましたが、今回はそれを少し丸めて円弧翼、さらには任意の翼型について考えてみたいと思います。そして一般的な翼の上半面がなぜ膨らんだ形をしているのか、その理由を知ることで等時間通過説のような揚力の通説が間違っているという確信を得ることになります。


・本題
 \zeta 平面上に点 \zeta=\pm a を通る円 K を描き(fig.1 右図)、これをジューコフスキー変換
\begin{equation}
z=\zeta + \frac{a^2}{\zeta} \tag{22-1}
\end{equation}
によって z 平面上に写像すると fig.1 の左図のような円弧を得る。(図の描画と写像には grapes*1 という関数描画ソフトを用いた)

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fig.1
 平板翼との違いはジューコフスキー変換によって写像する円 K の中心が O ではなく \zeta_0=i b に、すなわち少し上にずれている点である。これによって平板は円の中心が上にずれた分、膨らみを持ち円弧翼に変化する。この膨らみは後に重要な作用をもたらすのでパラメータとして表しておこう。z 平面上で \angle \mathrm{OA'T}=\beta と置くと \mathrm{A'B'}\mathrm{OT} の比として
\begin{equation}
\gamma \equiv \frac{\mathrm{OT}}{\mathrm{A'B'}}=\frac{1}{2} \tan \beta \tag{22-2}
\end{equation}
を定義できる。この \gamma を円弧翼の反り(キャンバー比)といいこの場合は翼の膨らみを表す。

 それではこの円弧翼まわりの複素速度ポテンシャル f と、揚力 L を導いてみよう。前回の平板翼では \zeta 平面上の円柱をジューコフスキー変換して z 平面上の平板の複素速度ポテンシャルを求めた。しかし今回は \zeta 平面上の円柱が \zeta_0 だけ上にずれているので、そのような円柱まわりの複素速度ポテンシャル f を我々は知らない。そこでもうひとつ Z 平面を考え、そこに円 K と同じ大きさの円を今度は原点を中心に取って考える。半径を R とすればそのような円柱まわりの複素速度ポテンシャルは既知の通り
\begin{equation}
f=U \left(e^{-i\alpha}Z+\frac{R^2e^{i\alpha}}{Z} \right)+i \kappa \log Z \tag{22-3}
\end{equation}
である。ただし \alpha は一様流が実軸となす角度、 U は一様流の速度、\kappa は渦糸の強さを表している。この複素速度ポテンシャル fZ 平面から \zeta 平面に、また\zeta 平面から z 平面に写像する関係式はそれぞれ
\begin{align}
Z&=\zeta-\zeta_0\\[6pt]
z&=\zeta+\frac{a^2}{\zeta} \tag{22-4}
\end{align}
であるから、これらを連立させれば円弧翼まわりの複素速度ポテンシャルは求められる。

 それでは次に揚力 L をこの複素速度ポテンシャル f を用いて導いてみよう。Z 平面上の円を Z=Re^{i \theta} とおくと(22-3)式は
\begin{align}
f&= U \left(e^{-i\alpha}Re^{i \theta}+\frac{R^2e^{i\alpha}}{Re^{i \theta}} \right)+i \kappa \log (Re^{i \theta})\\[6pt]
&=UR(e^{i(\theta-\alpha)}+e^{-(\theta-\alpha)})+i \kappa(\log R +i\theta)\\[6pt]
&=2UR \cos(\theta-\alpha)- \kappa \theta + i \kappa \log R \tag{22-5}
\end{align}
 ここでよどみ点の流速が 0 になるという条件式を作って \kappa を求めよう。よどみ点はクッタの条件から円弧翼の後端、すなわち A' に存在する。これは \zeta 平面上の点 A に、つまり Z 平面上の円の \theta=-\angle OA\ \zeta_0 に対応する。ところで円柱表面の流速は \theta 方向のみの成分しか持たないので、速度ポテンシャル \varPhif の実部)を \theta微分すれば求まる。以上のことを踏まえてよどみ点における流速を 0 と置いた関係式を書くと
\begin{align}
\left. \frac{d \varPhi}{d \theta}\right|_{\theta=-\angle OA\ \zeta_0}&=0\\[10pt]
\kappa=2UR \sin(\alpha &+\angle OA\ \zeta_0) \tag{22-6}
\end{align}
を得る。あとはこれを揚力の式に代入すれば求めたい結果が得られる。すなわち
\begin{equation}
L=-\rho U \Gamma =2\pi \rho U \kappa =4\pi \rho U^2 R\ \sin(\alpha+\angle OA\ \zeta_0) \tag{22-7}
\end{equation}
である。
 さて、ここで得られた(22-7)式の結果は非常に興味深い要素を持っている。それは \alpha=0 つまり一様流が翼に対して平行に流れてきても \sin の値がゼロにならないので揚力が発生しているという点である。そしてその大きさは \angle OA\ \zeta_0 の分だけ存在する。ところでここまでわざと \angle OA\ \zeta_0 と書いてきたがこれは円弧翼の何に相当するだろうか。実はこの角度は円弧翼の \angle \mathrm{OA'T}=\beta に対応する。よって(22-7)式は最終的に以下のように書き直される
\begin{equation}
L=-\rho U \Gamma =2\pi \rho U \kappa =4\pi \rho U^2 R\ \sin(\alpha+\beta) \tag{22-8}
\end{equation}
 これが円弧翼に働く揚力を表す式である。そして一様流が翼に平行であっても、その翼が反りを持っていればその反りの大きさによって揚力が働くことになる。以上が円弧翼に関する理論である。

 それでは次は任意の翼型について簡単に考えてみよう。Z 平面上の単位円 K はある写像関数 g(Z) によって z 平面上の翼型 P写像されるものとする。このとき数学的にはどんな翼型 P であっても、それを満たすような写像関数 g(Z) が必ず存在することが証明されており、それをリーマンの写像定理という(らしい)。ここは深堀りしないが写像関数 g(Z) としては
\begin{equation}
z=c_{-1}Z+c_0+\frac{c_1}{Z}+\frac{c_2}{Z^2}+ \cdots \tag{22-9}
\end{equation}
のようなべき級数として表現される。ただし各係数 c_k はここでは未知である。そして未知である以上先には進めない。

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fig.2
 それでは任意の翼型まわりの複素速度ポテンシャルはどのように与えられるだろうか。第14回の記事に遡れば、それはべき級数の形で
\begin{equation}
f(z)=\cdots - \frac{1}{2} c_{-3} \frac{1}{ z^2} -c_{-2} \frac{1}{z} + c_{-1} \log z + c_0 z +\frac{1}{2} c_1 z^2+\cdots \tag{22-10}
\end{equation}
のように表された。ただし (22-9)式の c_k とは無関係。ここで z^{-1} 以下の項は多重わき出し、\log z の項はわき出しと吸い込み、z の項は一様流、z^{2} 以上の項は角を回る流れを表していたことを思い出そう。 そしてこれを z微分した df/dz が流速を表すが、それが無限遠で発散しないことを要請すると z^2 以上の項が取り除かれて結局
\begin{equation}
f(z)=c_0 z + c_{-1} \log z -c_{-2} \frac{1}{z} - \frac{1}{2} c_{-3} \frac{1}{ z^2} \cdots \tag{22-11}
\end{equation}
という形が任意の翼型に対する複素速度ポテンシャルの一般形であることは理解できる。しかしながら各係数 c_{k} はやはりここでも未知数のまま求める術がない。ところが唯一 z の項の c_0 だけは流れが一様流でその速度が U、角度が \alpha という条件が与えられたときに決まり、c_0=Ue^{-i\alpha} である。なぜなら無限遠 z \to \infty で残るのは df/dz の式の中で c_0 だけであり、無限遠では翼の影響は限りなくゼロに近づきそこには一様流しかないからである。
 それでは一旦係数 c_k を求めることを諦めて、別のアプローチを試みよう。今 fig.2 のように z 平面上に任意の翼型 PZ 平面上に単位円 K があり、それぞれに対して速度 UU' 、傾き \alpha\alpha' の一様流が流れているとすると、(22-11)式と先ほどの c_0 に関する知見から複素速度ポテンシャル f
\begin{align}
f(z)&=Ue^{-i\alpha} z + \cdots \\[6pt]
&=U'e^{-i\alpha'} Z + \cdots \tag{22-12}
\end{align}
と表される。そしてこの2式をつなぐ関係式が(22-9)式であるから、これを代入して比較すると
\begin{align}
f(z)&=Ue^{-i\alpha} (c_{-1}Z+c_0+ \cdots ) + \cdots \\[6pt]
&=c_{-1}Ue^{-i\alpha} Z + \cdots\\[6pt]
&=\lambda e^{i\delta} Ue^{-i \alpha}Z+ \cdots \hspace{10pt} ( \text{ただし}\ c_{-1}=\lambda e^{i\delta})\\[6pt]
&=\lambda U e^{-i(\alpha-\delta)} Z + \cdots\\[6pt]
&=U'e^{-i\alpha'} Z + \cdots 
\end{align}
よって
\begin{equation}
U'=\lambda U, \hspace{20pt} \alpha'=\alpha-\delta \tag{22-13}
\end{equation}
の関係があることがわかる。つまり z 平面と Z 平面の流速とその傾きの関係は(22-9)式の Z の項の係数 c_{-1}=\lambda e^{i\delta} にのみ依存する。この関係性を頼りに翼に働く揚力 L を求めてみよう。まず Z 平面上での複素速度ポテンシャル f は円柱を過ぎる一様流であるから
\begin{equation}
f=U' \left( e^{-i \alpha'}Z+ \frac{e^{i \alpha'}}{Z} \right) + i \kappa \log Z \tag{22-14}
\end{equation}
 ここで円 K は単位円なので Z=e^{i \theta} と表される。これを代入して速度ポテンシャル \varPhi だけを求めると
\begin{equation}
\varPhi = 2U' \cos (\theta-\alpha')-\kappa \theta \tag{22-15}
\end{equation}
 を得る。ここで円弧翼のときと同様に d\varPhi/d\theta を求めてそれがよどみ点で 0 になるという式を立ててみよう。ちなみによどみ点は fig.2 では T に対応するので \theta=0 である。ゆえに
\begin{eqnarray}
\left. \frac{d\varPhi}{d\theta} \right|_{\theta=0} &=& -2U' \sin ( - \alpha') - \kappa =0\\[6pt]
\kappa &=& 2U' \sin \alpha' =2 \lambda U \sin (\alpha - \delta)
\end{eqnarray}
を得るから結局揚力 L
\begin{equation}
L=-\rho U \Gamma=4\pi \rho U^2 \lambda \sin(\alpha-\delta) \tag{22-16}
\end{equation}
で与えられる。ここでも \lambda\delta は未知数であるが、これは写像関数の Z の項の係数 c_{-1} さえ分かれば良い。つまり任意の翼型を考える一般的な2次元翼理論に関しては、写像関数を求めるという問題に帰着する。本書ではそのような方法について詳しくは触れられていない。
 さて、先ほどの結果に戻るが(22-16)式が教えてくれるのはやはり円弧翼で得た結果と同じで、迎え角 \alpha0 であっても -\delta の分だけ揚力が発生しているということである。そしてこの -\delta は円弧翼で見たように一般的に翼の反りを表しているようである。つまり翼の上半面が膨らんでいるあの形状は揚力を発生させる根本的な要素ではなく飽くまで迎え角を取らなくても迎え角を取っているように振る舞うための役割を果たしていると解釈される。

・まとめ
 今回の内容は目から鱗でした。一般的な「翼の上側が膨らんでいるから空気の流れが速くなり云々・・・」という説明が急に陳腐なものに思えてきます。揚力は翼が膨らんでいなくても発生するし、翼が膨らんでいることが揚力の発生に寄与しているわけでもないからです。さらにこのことが分かると背面飛行も理解できます。つまり背面飛行では翼のキャンバー比が逆転するので、おそらく(22-16)式の -\delta は符号が逆転するでしょう。ですが適切な迎え角 \alpha を取り \sin が正の値さえ取れば結局は揚力が発生します。これは翼の等時間通過説では説明ができないことです。このように現実に起こることを矛盾なく説明できるという点でも、ここまでの話が大きくズレていないというひとつの確認になるのではないかと思います。