社会人からの物理と数学

趣味ではじめた物理や数学の内容を備忘録としてまとめていきます。

流体力学(前編)を読む 第18回

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本書 第30項 ブラジウスの公式

・はじめに
 今回は流体が任意の物体におよぼす力について解明していきたいと思います。これはブラジウスの公式として有名です。


・本題
 前回は複素速度ポテンシャル f から速度 df/dz を求め、それをもとにベルヌーイの定理から圧力 p を求めてそれを積分をすることで物体に働く力 \boldsymbol{F} を算出した。今回はこのやり方をもう少し整理して、複素速度ポテンシャル f から直接 \boldsymbol{F} を導けるような公式を作れないか考えてみる。もちろん物体は汎用性を考えて任意の形を想定する。
 まず最終的に \boldsymbol{F} を求めるにあたっては圧力 p を物体表面に沿って周回積分しなければならない。ところが前回の静止円柱に加わる圧力 p でさえ
\begin{equation}
p=p_0-\frac{1}{2}\rho (4U^2 \sin^2 \theta+4\kappa U \sin \theta+\kappa^2)
\end{equation}
という複雑な形をしていた。それでも円柱であればその対称性から積分計算をすることが可能であったが、任意の形の物体となると積分経路が複雑でとても簡単には計算できそうにない。そこで物体表面の圧力 p積分するという操作を改変し、物体を取り囲む任意の閉曲線 C に沿って、そこを通って流入する運動量を積分するという操作に変更する。
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 ではなぜこれで物体に働く力 \boldsymbol{F} が求まるのか考えてみよう。ここでは仮に物体の運動量を \boldsymbol{G}_M と記述することにすると、力 \boldsymbol{F} との間には
\begin{equation}
\boldsymbol{F}=\frac{d\boldsymbol{G}_M}{dt}
\end{equation}
の関係がある。つまり物体に働く力 \boldsymbol{F} は運動量 \boldsymbol{G}_M の単位時間当たりの変化量として表現される。では物体に及ぼされる単位時間当たりの運動量変化はどう求めれば良いだろう。図にあるような線要素 ds を通して右から左に流入する流体の単位時間あたりの運動量を d\boldsymbol{G} とすると、物体に働く力 \boldsymbol{F}
\begin{equation}
\boldsymbol{F}=\oint_C d\boldsymbol{G} \tag{18-1}
\end{equation}
によって求めることができる。このとき閉曲線 C は本来物体の表面に沿うように選ばれるべきであるが、実は被積分関数が正則関数であるならばコーシーの積分定理によってどんな選び方をしても値が変わらないことが保証されている。
 では d\boldsymbol{G} の具体的な表現はどのようなものになるだろうか。まずは閉曲線 C の外側から圧力 p によって与えられる運動量がある。これは単位長あたりの大きさが p で、方向が - \boldsymbol{n} の力による力積として与えられる。次に閉曲線 C の外側から流入してくる流体そのものが運んでくる運動量もある。これは単位長、単位時間あたりに質量 -\rho \mathcal{v}_n の流体が流速 \boldsymbol{\mathcal{v}} で運んでくるので、これらの積によって与えられる。ただし \boldsymbol{n}C の外向き方向の法線ベクトル、 \boldsymbol{\mathcal{v}} は速度の法線成分である。
 以上のことを整理すると d\boldsymbol{G} とは
\begin{equation}
d\boldsymbol{G} = -(p \boldsymbol{n}+\rho \boldsymbol{\mathcal{v}}\mathcal{v}_n)ds \tag{18-2}
\end{equation}
で表現される。この式から p\mathcal{v} などを消去し最終的に複素速度ポテンシャル f によって表現できれば今回のゴールにたどり着く。よってここからは単調な式変形が続く。
 まず
\begin{equation}
\boldsymbol{n}ds=(dy,-dx), \hspace{20pt}\mathcal{v}_n ds=d \varPsi
\end{equation}
を考慮すると(補遺参照)(18-2)式の x 成分、y 成分はそれぞれ
\begin{align}
dG_x&=-pdy-\rho u d\varPsi\\[6pt]
dG_y&=\ \ \ pdx-\rho\mathcal{v}d\varPsi
\end{align}
となる。ここで y 成分に -i を掛けて x 成分に加えると
\begin{equation}
dG_x -idG_y=-ip(dx-idy)-\rho (u-i\mathcal{v})d\varPsi
\end{equation}
となり
\begin{equation}
x-iy=\overline{z}, \hspace{20pt} u-i\mathcal{v}=\frac{df}{dz}
\end{equation}
であることを考慮すると
\begin{equation}
dG_x -idG_y=-ip \ d\overline{z}-\rho \frac{df}{dz} d\varPsi \tag{18-3}
\end{equation}
とまとめられる。
 次にベルヌーイの定理から
\begin{equation}
p=p_0-\frac{1}{2}\rho q^2=p_0 -\frac{1}{2} \rho \ \frac{df}{dz} \ \frac{d \overline{f}}{d\overline{z}}
\end{equation}
また
\begin{equation}
d\varPsi=d \left( \frac{f-\overline{f}}{2i} \right) = \frac{1}{2i} (df-d\overline{f})=\frac{1}{2i} \left( \frac{df}{dz}\ dz-\frac{d\overline{f}}{d\overline{z}}\ d\overline{z} \right)
\end{equation}
と書けるから、これらを(18-3)式に代入して整理すると
\begin{align}
dG_x -idG_y&=-ip \overline{z}-\rho \frac{df}{dz} d\varPsi\\[6pt]
&=-i \left( p_0-\cancel{\frac{1}{2} \rho \ \frac{df}{dz} \ \frac{d \overline{f}}{d\overline{z}} } \right) d\overline{z}\\[6pt]
&-\rho \frac{df}{dz} \left \{ \frac{1}{2i} \left( \frac{df}{dz}\ dz-\cancel{ \frac{d\overline{f}}{d\overline{z}}\ d\overline{z}} \right) \right \}\\[6pt]
&=-ip_0\ d\overline{z} + \frac{i}{2} \rho \left( \frac{df}{dz} \right)^2 \ dz \tag{18-4}
\end{align}
が得られる。(18-1)式によればこれを積分すれば物体に働く力 \boldsymbol{F} は求まるから
\begin{align}
F_x-iF_y&=\oint_C d(G_x-iG_y)\\
&=\oint_C -ip_0\ d\overline{z} + \oint_C \frac{i}{2} \rho \left( \frac{df}{dz} \right)^2 \ dz \\[6pt]
&=-ip_0 \cancel{ \oint_C d\overline{z} }+\frac{i}{2} \rho \oint_C \left( \frac{df}{dz} \right)^2 \ dz\\[6pt]
&=\frac{i}{2} \rho \oint_C \left( \frac{df}{dz} \right)^2 \ dz
\end{align}
が求める答えである。ただし \displaystyle \oint_C d\overline{z}=0 であることに注意する。得られた式
\begin{equation}
F_x-iF_y=\frac{i}{2} \rho \oint_C \left( \frac{df}{dz} \right)^2 \ dz \tag{18-5}
\end{equation}
ブラジウスの第1公式という。
 また第1公式があれば第2公式もある。第2公式とは物体に働く力のモーメントを求める公式である。モーメントとは
\begin{equation}
\boldsymbol{M}=\boldsymbol{r} \times \boldsymbol{F}
\end{equation}
によって定義されるベクトル量である。またこれは角運動量 \boldsymbol{L}
\begin{equation}
\boldsymbol{M} = \frac{d\boldsymbol{L}}{dt}
\end{equation}
の関係がある。つまりモーメントとは角運動量の単位時間当たりの変化量である。ただし角運動量 \boldsymbol{L} とは
\begin{equation}
\boldsymbol{L}=\boldsymbol{r} \times \boldsymbol{G}
\end{equation}
である。
 さきほどとまったく同様の議論をすると、線要素 ds を通して右から左に流入する流体の単位時間あたりの角運動量d\boldsymbol{L} とすれば、物体に働くモーメント \boldsymbol{M}
\begin{equation}
\boldsymbol{M}=\oint_C d\boldsymbol{L} =\oint_C \boldsymbol{r} \times d\boldsymbol{G}
\end{equation}
によって与えられる。
計算の詳細は省くがこれを計算すると最終的に
\begin{equation}
M_z=-\frac{1}{2}\ \rho \ \mathrm{Re} \oint_C \left( \frac{df}{dz} \right)^2 \ z\ dz \tag{18-6}
\end{equation}
を得る。これがブラジウスの第2公式である。


(補遺)
\begin{equation}
\boldsymbol{n}ds=(dy,-dx)
\end{equation}
となる理由を簡単に説明する。図を見ればわかるように  d\boldsymbol{s}=dx + i dy は閉曲線 C の接線で、これを90度右(マイナス方向)に回転したものが \boldsymbol{n}ds である。90度右に回転するとは i を掛けることに等しいので
\begin{equation}
\boldsymbol{n}ds=(dx+idy)(-i)=dy-idx=(dy,-dx)
\end{equation}
となる。
 また本文中では触れなかったが、ブラジウスの第2公式を導出する際に
\begin{equation}
\mathrm{Re}(zd\overline{z})=\frac{1}{2}(zd\overline{z}+\overline{z}dz)=\frac{1}{2}d(z\overline{z})
\end{equation}
という関係式が出てくるのだが、これが意外とすぐに理解できなかったのでメモとしてここに残しておきたい。まずは zd\overline{z}\overline{z}dz をそれぞれ展開する。
\begin{align}
zd\overline{z}&=(x+iy)(dx-idy)\\[6pt]
&=(xdx+ydy)-i(xdy-ydx)\\[6pt]
\overline{z}dz&=(x-iy)(dx+idy)\\[6pt]
&=(xdx+ydy)+i(xdy-ydx)
\end{align}
これらを第1項と第2項にそれぞれ代入すると、この等式が成り立っていることが理解できる。しかし第3項がわからない。そもそも d(z\overline{z}) とは一体なんなのか。1時間くらい悩んだ末やっと次の式変形を思い付き理解できた。
\begin{align}
d(z\overline{z})&=(z+dz)(\overline{z}+d\overline{z})-z\overline{z}\\[6pt]
&=zd\overline{z}+dz\overline{z}+\cancel{dzd\overline{z}}
\end{align}
これは dz=(z+dz)-z(dz)^2 \fallingdotseq 0 であることを考えれば理解できる。

・まとめ
 任意の物体に働く力とモーメントについて、ブラジウスの公式という形で新たな式を手に入れました。これのすごいところは圧力や流速を一切求めずにあくまで複素速度ポテンシャルだけでそれらを記述できてしまったことです。複素関数の威力絶大と言った感じでしょうか。