流体力学(前編)を読む 第14回
・はじめに
前回お話しした通り、今回は縮まない2次元の渦なし流がいくつかの基本的な流れの組み合わせによって表現できるという驚くべき事実について解説していきたいと思います。
・本題
縮まない2次元の渦なし流が複素関数論で扱えるという話はすでに説明した。そしてそれは流れが正則関数で表現されるということであった。この正則関数はコーシーリーマンの関係式を満たすように与えられるわけだが、この関係式が厳しい条件であることから関数の中でも正則関数になれるものは意外と限られてくるようである。では一体どんな関数が正則になり得るのか、それに関しては複素関数論の中でもかなり多くの紙面を割かれ議論される。しかしながらこのような議論をここでするつもりはない。結論だけ書くならば「任意の正則関数はべき級数によって表現できる」というのが複素関数論が与えた重要な事実である。
そしてここまでの話を繋げるともっと重要なことが分かる。正則関数とは複素速度ポテンシャルのことであり、これで表現されるのが縮まない2次元の渦なし流であるわけだから、結局「縮まない2次元の渦なし流はべき級数によって表現できる」という事実が導かれる。逆を言えば、べき級数によって表現できない流れはないとも言える。
では具体的にべき級数とは何かと言うと、それはテイラー展開とローラン展開である。ここではより一般的なローラン展開を記しておく。
【ローラン展開】
正則な関数 の を中心とするローラン展開は
\begin{equation}
f(z)=\sum_{n=-\infty}^{\infty} c_n (z-z_0)^n, \hspace{20pt} c_n=\frac{1}{2\pi i} \int_C \frac{f(\zeta)}{(\zeta - z_0)^{n+1}}d \zeta
\end{equation}
で与えられる。
それでは複素速度ポテンシャル も正則関数であるからこのようなべき級数で表現されるかと思われるが、どうやらそれは少し違う。まず前回説明したように複素速度ポテンシャルは一般に多価関数である。そして本書によれば多価関数だとべき級数展開が保証されないということになっている。この理由はわからない。また多価関数だと分岐点という特異点を持つが、この特異点のために収束半径と呼ばれるべき級数の定義域のような範囲が制限されてしまう。当然 平面上のすべてで定義できた方が良いので、このような理由からも複素速度ポテンシャル のべき級数展開はなされないようである。
ではどうするかというと、それは簡単で のべき級数展開を考えればよい。なぜなら は流速を表すため1価関数でないとおかしい。また特異点も当然存在しない。要するに1価正則関数である。
よって には次のような展開式が与えられる。
\begin{equation}
\frac{df}{dz}=\cdots +c_{-3}\frac{1}{z^3}+c_{-2}\frac{1}{z^2}+c_{-1}\frac{1}{z}+c_0+c_1 z + c_2 z^2+ \cdots
\end{equation}
複素速度ポテンシャル を求めるにはこれを積分すれば良いから結局
\begin{equation}
f(z)=\cdots - \frac{1}{2} c_{-3} \frac{1}{ z^2} -c_{-2} \frac{1}{z} + c_{-1} \log z + c_0 z +\frac{1}{2} c_1 z^2+\cdots \tag{14-1}
\end{equation}
を得る。この式を良く見ると大きく4つの部分に分けて考えることができる。まずは より右側の高次の項。これは角を回る流れである。次に の項。これは一様な流れである。そして の項。これはわき出し及び渦糸である。次に の項。これは二重わき出しである。そして より左側の低次の項。これは多重わき出しである。
以上、縮まない2次元の渦なし流というのはこれら4つの基本的な流れの組み合わせでしかないという期待すべき結論が導かれた。
・まとめ
今回はかなり手短にまとめてしまいました。話を広げてもそれは複素関数の議論にしかならないので、本題と少しずれてしまうと思ったのと単純に数学が難しいからです。厳密には違うところもあるかもしれませんが、伝えたかったのは何度も言うようにいくつかの基本的な流れの組み合わせだけでどんな流れでも表現できてしまうということです。この事実があるからこそ関数 に具体的な形を与えることができ、またどんな流れでも表現し得るいわば完全形の の存在は表現できない特殊な流れという可能性を排除してくれることになります。2回続けて番外編となってしまいましたが、次回からはまた本書に戻って議論を進めましょう。