社会人からの物理と数学

趣味ではじめた物理や数学の内容を備忘録としてまとめていきます。

流体力学(前編)を読む 第13回

\require{cancel}

番外編 わき出しと渦糸そして多価関数への疑問

・はじめに
 前回お話ししたわき出しと渦糸について、なぜそれがわき出しの無い流れと渦なしの流れを前提とした複素速度ポテンシャルのところで登場してきたのか。そもそもこれらの存在を認めてもいいのか、認めるならどんなことに注意しなければならないのか、その辺の話をしていきたいと思います。ちなみに今回ここに書くことは本書ではあまり深く追究されていないため、個人的な考えや理解が多く含まれます。従って誤りも今まで以上に多くなるでしょう。どうか批判的な目で読んでいただければと思います。


・本題
 まずはじめに今までの経緯をまとめておこう。第9回、10回の記事で速度ポテンシャル \varPhi\varPsi を導入し、それぞれで単連結渦なしの流れと、2次元縮まない(わき出しのない)流れを要求した。第11回の記事ではこれらをコーシーリーマンの関係式で結んで複素速度ポテンシャル f を導いた。そして第12回の記事でその複素速度ポテンシャルの基本的な流れについて紹介した。ここまでの流れを以下の図にまとめておく。

f:id:youski:20180904112909j:plain:w580

 さてここで提起される問題としては、当初渦なしの流れとわき出しのない流れを仮定していたにも関わらず、渦糸とわき出しを表す複素速度ポテンシャルが登場したことである。もちろんここで出てきた渦糸とわき出しを端から認めなければそれで済むのかもしれないが、それをしてしまうと複素速度ポテンシャルで表現できる流れが極めて限られたものになり意味をなさなくなってしまう。そこでこのような矛盾を解消しようというのが今回の目的である。

 ではそもそもなぜ速度ポテンシャルと流れの関数は渦なしとわき出しのない流れを前提にしなければならなかったのか。まずはそこから振り返ろう。
 速度ポテンシャルと流れの関数はそれぞれ次のような定義から始まった。
\begin{align}
I(ACP)&=\int_{A(C)}^P \boldsymbol{\mathcal{v}} \cdot d\boldsymbol{r}\\[6pt]
\varPsi(ACP)&=\int_{A(C)}^P \mathcal{v}_n ds \tag{13-1}
\end{align}
そして点 A を固定したときに積分の値が経路 C によらなければ P だけの関数として扱えるから、それぞれ \varPhi(P)\varPsi(P) というように再定義した。ここでポイントとなるのは 「経路 C によらなければ」ということである。経路 C によらず \varPhi(P)\varPsi(P) が常に P だけの1価関数P に対してただ一つの値が返ってくる)であることを保証するためには \mathrm{rot}\ \boldsymbol{\mathcal{v}}=0\mathrm{div}\ \boldsymbol{\mathcal{v}}=0 を、つまり渦なしとわき出しのない流れを要求しなければならなかった。これが渦なしとわき出しのない流れを前提にしていた理由である。詳しくは第9回、10回の記事に書いたので参照して欲しい。
 では逆に経路 C によって値が変わるとしたらどうだろう。今度は点 P を固定して C を様々に変えてみよう。すると \varPhi(P)\varPsi(P) はそれぞれ同じひとつの P に対して複数の値を返すようになってくる。これは多価関数である。言葉ばかりだとすっきりしないので、数式を借りて簡潔に表現してみよう。
 \varPhi\varPsi の微小変化量は次のように記述できた(第10回記事参照)
\begin{align}
\delta \varPhi&=\boldsymbol{\mathcal{v}} \cdot \delta \boldsymbol{r}\\[4pt]
\delta \varPsi&=\mathcal{v}_n \delta s
\end{align}
これをもとに(13-1)式を再計算してみよう。ただし今度は閉曲線 C を考えて周回積分する。
\begin{align}
\oint_C \boldsymbol{\mathcal{v}} \cdot d \boldsymbol{r} = \oint_C d \varPhi &= \left[\ \varPhi\ \right]_C\\[6pt]
\oint_C \mathcal{v}_n ds = \oint_C d \varPsi &= \left[\ \varPsi\ \right]_C \tag{12-2}
\end{align}
最後のカッコは閉曲線 C を一周したときの変化量を表している。そしてもし1価関数を考えているなら、どんな閉曲線をたどっても元の点に戻ってくれば必ず同じ値を返してくるので変化量はゼロである。逆にこれらがゼロ以外の値を持てば、その関数は多価関数ということになる。
 では(12-2)式とは具体的に何を表しているのだろう。まず1行目の式は実は既に定義した循環 \Gamma(C) の式である。そして2行目の式は流速の法線成分 \mathcal{v}_n を閉曲線 C の内から外に向く方向を正に取って計算すれば、閉曲線 C の内側から外側に向かって流れ出す流量を表す式になるので、この量をここで Q(C) と定義しよう。すると結局以下のようにきれいにまとめられる。
\begin{align}
\Gamma(C)&=\left[\ \varPhi\ \right]_C\\[6pt]
Q(C)&=\left[\ \varPsi\ \right]_C \tag{12-3}
\end{align}
 (12-3)式を見てもらえば、先ほど長々と説明していたことがシンプルに理解できると思う。つまり右辺は関数 \varPhi\varPsi の多価性を表現し、左辺は循環とわき出しの有無を表している。循環とは渦の面積積分であったから渦とわき出しの有無と言い換えても良い。結局(12-3)式が語っているのは、渦とわき出しがあれば \varPhi\varPsi が多価関数となり、逆に1価関数のもとでは渦とわき出しは現れない、もしくは表現できないということになる。
 今度はこのことを実際のわき出しと渦糸の複素速度ポテンシャルから具体的に検証してみよう。まずはわき出しから。
\begin{equation}
f=m \log z \hspace{20pt} m \in \mathbb{R}
\end{equation}
はわき出しを表す複素速度ポテンシャルだった。これを実部と虚部に分けると
\begin{equation}
\varPhi=m \log r , \hspace{20pt} \varPsi=m \theta
\end{equation}
となる。ここでわき出しの量 Q(C) は(12-3)式より原点を囲むように閉曲線 C を選ぶと
\begin{equation}
Q(C)=\left[\ \varPsi\ \right]_C=\left[\ m \theta\ \right]_C =2 \pi m
\end{equation}
となり確かにわき出しが存在することが確かめられる。そして 0 でないということは多価関数であると言える。この場合原点の周りを一周して戻ってくると \varPsi2\pi m だけ増減することを意味している。
 では次に渦糸について考えてみよう。渦糸は
\begin{equation}
f=i \kappa \log z \hspace{20pt} \kappa \in \mathbb{R}
\end{equation}
によって与えられた。そして実部と虚部については
\begin{equation}
\varPhi=-\kappa \theta, \hspace{20pt} \varPsi=\kappa \log z
\end{equation}
であった。ここで循環 \Gamma(C) は(12-3)式より原点を囲むように閉曲線 C を選ぶと
\begin{equation}
\Gamma(C)=\left[\ \varPhi\ \right]_C=-\left[\ \kappa\ \theta\ \right]_C=-2\pi \kappa
\end{equation}
となり循環の存在が確かめられる。これも先ほどと同じ理屈で多価関数である。また閉曲線を限りなく原点の周りで小さく取れば、これは強さ \Gamma=-2\pi \kappa の渦糸が原点にあるときの流れを表していると言える。

 さてここまでの話で、渦とわき出しが数学の多価関数と密接に絡んでいることを延々と述べてきた。実は複素対数関数自体が多価関数なので、複素対数関数で表現される渦糸やわき出しが多価性を示すのはある意味当然とも言える。それはさておき、多価関数を受け入れることによって渦やわき出しの存在が許容されることが理解できた。それならば多価関数を前提とした上で、経路 C の選び方に依存した \varPhi\varPsi を再定義すれば、渦のある流れやわき出しのある流れを扱える汎用性の高い複素速度ポテンシャル f を得ることができるのではないかという疑問が湧いてくる。しかし本書にもネット上の記事等にも複素速度ポテンシャルはあくまで非圧縮の2次元の渦なし流の中でしか扱うことを許されていない。もちろんわき出しと渦糸の存在は別にしてである。
 実を言うとこの辺のことは私自身がまだ厳密な理解に至れていない。しかし断片的な解釈をいくつか勝手に述べることはできる。まずわき出しも渦糸もどちらも複素対数関数 \log z によって表現されることは既に述べた。ところがこの対数関数 \log z は実は z=0 で定義ができないのである。すなわち原点ではいずれも特異点を持っていることになる。このことは \log z微分した \displaystyle \frac{1}{z}z=0 で定義できないことからも確かめられ、 z=0 において正則でないとも言える。つまり実際に考えている流体の領域から z=0 を取り除く必要があるのだ。これはある意味当然でたとえばわき出しを仮に z=0 でも考えるとするなら、そこには無限にわき出す泉のような点が存在することになり、それは現実にはあり得ないからである。もしそれを認めるならば質量保存の法則を疑わなければならなくなる。
 それから、そもそも速度ポテンシャル \varPhi に関して言えば \mathrm{rot}\ \boldsymbol{\mathcal{v}}=0 という渦なしの式からベクトル解析の公式 \mathrm{rot}\ \left( \mathrm{grad}\ \varPhi \right)=0 によってその存在が認められたのであるから、やはり渦なしを前提にしなければおかしいはずである。それでも渦糸というのが出てきて、それが許されるのは渦糸が先ほど述べた特異点の中に含まれているからではないかと推察される。たしかに渦糸が作る場も z=0 を除いて  \mathrm{rot}\ \boldsymbol{\mathcal{v}}=0 になることが確かめられる。
 そして最後に流れの関数についてであるが、調べたところこちらはどうやら縮む(圧縮性)流体 \displaystyle \frac{D\rho}{Dt}\neq 0、つまり \mathrm{div} \boldsymbol{\mathcal{v}} \neq 0 に対しても定義が可能のようである。ならば縮む(圧縮性)流体も複素速度ポテンシャルで扱うことができるのではないかという気がしてくる。しかし次の関係式を見るとこの可能性もやはり考えにくくなる。
\begin{equation}
\rho u=\frac{\partial \varPsi}{\partial y}, \hspace{20pt} \rho \mathcal{v}=- \frac{\partial \varPsi}{\partial x}
\end{equation}
つまりこの関係式では速度ポテンシャルとコーシーリーマンの関係式を満たすことができない。これは複素関数が正則であるための条件であったため、解析ができなくなることを意味しているのである。

 以上のことから、複素速度ポテンシャルで扱える流れは、縮まない2次元の渦なし流であると改めて結論付けられる。あまり触れなかったが単連結であることは必ずしも要求しない。なぜなら、そもそも複素対数関数はその特異点を領域から除外しているため2次元流ならそれだけで多重連結になってしまうからである。そしてこれは多価関数を考えることで解決されるからである。

 最後に、今回の議論を通して実は以前遭遇したある疑問が解決した。それは渦なし流における循環の存在である。この疑問は第9回の記事の最後の方で述べたものであるが、渦を周回積分して得られたはずの循環に渦が存在しなくても 0 以外の値が現れるという矛盾についてだった。それは今回の考察を通して、すなわち領域外のいわば特異点における渦糸によって作られた場が循環を生み出しているという結論である。

・まとめ
 複素速度ポテンシャルで扱える流れは、縮まない2次元の渦なし流です。そして複素速度ポテンシャルで扱えるとはすなわち数学の複素関数論で扱えるということです。わき出しと渦のない流れが前提ですが、複素対数関数で表現される特異点を持ったわき出しと渦糸の流れについては多価関数という扱いで肯定されます。そしてこのわき出しと渦糸、それから一様流と角を回る流れの4つの基本的な複素速度ポテンシャルを用いれば、どんな流れでも表現できるということを次回検証していきたいと思います。