社会人からの物理と数学

趣味ではじめた物理や数学の内容を備忘録としてまとめていきます。

流体力学(前編)を読む 第6回

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本書 第16項 流線の曲率と勾配

・はじめに
ベルヌーイの定理は1本の流線上で成り立つエネルギー保存の法則でした。なので流速と圧力の関係についても基本的にはその流線上でしか説明できません。では異なる流線どうしの関係はわからないのか?この疑問に対して解を与えてくれるのが流線曲率の定理と呼ばれるものです。
そして今回この流線曲率の定理についてインターネットで調べていたら、いろいろとおもしろい知見を得ることができたので最後のまとめに記したいと思います。


・本題
ベルヌーイ関数を導出したときと同様に、まずは運動方程式からスタートする。運動方程式
\begin{equation}
\frac{D\boldsymbol{\mathcal{v}}}{Dt}={\bf K}-\frac{1}{\rho}\mathrm{grad}\ p
\end{equation}
で与えられた。これに今回は簡単化のために外力ゼロ定常流を仮定する。すなわち
\begin{align}
\cancel{ \frac{\partial \boldsymbol{\mathcal{v}}}{\partial t}}+(\boldsymbol{\mathcal{v}}\cdot \mathrm{grad})\ \boldsymbol{\mathcal{v}} &= \cancel{{\bf K}}-\frac{1}{\rho}\mathrm{grad}\ p \\
(\boldsymbol{\mathcal{v}}\cdot \mathrm{grad})\ \boldsymbol{\mathcal{v}}&=-\frac{1}{\rho}\mathrm{grad}\ p \tag{6-1}
\end{align}
を得る。ただし左辺は最初の運動方程式ラグランジュ形式からオイラー形式に変形したもので、斜線で消した項は外力ゼロと定常流という前提条件から自明である。

さて、今回の目的は異なる流線間の関係を知ることであった。そこで下図のようにある流線に注目し、その接線ベクトルを{\bf t}、法線ベクトルを{\bf n}として前出の運動方程式を接線成分と法線成分に分けて考えることとする。すると法線成分として出てきた項が隣接の流線との関係を物語ると期待するわけである。ちなみに図中のRは曲率半径、sは流線に沿って測った長さである。

f:id:youski:20180802211653j:plain:w400

それでは(6-1)式について考えていこう。まず左辺に登場する (\boldsymbol{\mathcal{v}}\cdot \mathrm{grad})は、流速ベクトル\boldsymbol{\mathcal{v}}方向への方向微分*1を表すから、先程新たに定義した成分表示で書き直すと
\begin{equation}
\boldsymbol{\mathcal{v}}\cdot \mathrm{grad}=q \frac{\partial}{\partial s}, \hspace{10pt}\ \boldsymbol{\mathcal{v}}=q \boldsymbol{\mathcal{t}} \tag{6-2}
\end{equation}
となる。したがって(6-1)式の左辺は
\begin{equation}
(\boldsymbol{\mathcal{v}}\cdot \mathrm{grad})\boldsymbol{\mathcal{v}}=q \frac{\partial}{\partial s}(q \boldsymbol{\mathcal{t}})=q\frac{\partial q}{\partial s}\boldsymbol{\mathcal{t}}+q^2\frac{\partial \boldsymbol{\mathcal{t}}}{\partial s} \tag{6-3}
\end{equation}
と書き下せる。この時点ではまだ接線成分の項しか現れておらず、求めている法線成分の項は見当たらない。そこで接線と曲率\kappa*2に関する以下の式を導入する。
\begin{equation}
\frac{\partial \boldsymbol{\mathcal{t}}}{\partial s}=\frac{1}{R} \boldsymbol{\mathcal{n}},\hspace{10pt} \kappa=\frac{1}{R}
\end{equation}
すると(6-3)式は
\begin{align}
(\boldsymbol{\mathcal{v}}\cdot \mathrm{grad})\boldsymbol{\mathcal{v}}=\frac{1}{2}\frac{\partial q^2}{\partial s}\boldsymbol{\mathcal{t}}+q^2\frac{1}{R}\ \boldsymbol{\mathcal{n}}
\end{align}
右辺第1項の変形は\displaystyle \frac{\partial q^2}{\partial s}を合成関数の微分で展開すれば確認できる。そしてこの結果を(6-1)式の右辺と等号で結べば最終的に
\begin{equation}
\mathrm{grad}\ p=-\frac{\rho}{2} \frac{\partial q^2}{\partial s}\boldsymbol{\mathcal{t}} - \kappa \rho q^2 \boldsymbol{\mathcal{n}} \tag{6-4}
\end{equation}
を得る。これでようやく第2項に法線方向の関係式を示唆する値が出てきた。左辺の\mathrm{grad}\ pは見たまま圧力pの勾配を表しているので、右辺は圧力pの勾配を接線成分と法線成分に分解して表示したものとみなせる。よってこれを成分ごとに整理すると
\begin{equation}
\frac{\partial p}{\partial s}=-\frac{\rho}{2} \frac{\partial q^2}{\partial s}\boldsymbol{\mathcal{t}}, \hspace{10pt} \frac{\partial p}{\partial \boldsymbol{\mathcal{n}}}=- \kappa \rho q^2 \boldsymbol{\mathcal{n}} \tag{6-5}
\end{equation}
という結論が導かれる。
上記の第2式を見ると、法線方向の圧力勾配は流線が曲がっている場合に曲率中心に向かって圧力が降下し、その降下率は流速の2乗と曲率にそれぞれ比例していることがわかる。このことを流線曲率の定理と呼ぶ。これによりある流線上だけの関係しか示さなかったベルヌーイの定理から一歩踏み出し、周辺にある流線との関係をも知ることができた。
そして例えば流線が直線ならば曲率半径R \to \inftyで曲率\kappa \to 0になるので第2式より法線方向の圧力勾配は生じないことになる。逆に法線方向の圧力勾配が存在すれば流線はその方向に向かって旋回する。これが意味するところはつまり流体粒子の曲線運動に必要な求心力はその圧力勾配によってまかなわれているということになる。
以上で流線曲率の定理に関する説明を終えるが、実は(6-5)式の第1式にまだ触れていない。これは何を表しているのだろうか。少し式を整理してみると、もうひとつのおもしろい結果が浮かび上がってくる。
\begin{equation}
\frac{\partial}{\partial s}\left(\int \frac{dp}{\rho}+\frac{1}{2}q^2\right)=0
\end{equation}
この式の括弧の中身はベルヌーイ関数に他ならない。つまりベルヌーイの定理がここで再度導かれたわけである。しかもこの結果はしっかりと、それが接線方向にのみ成り立つ関係式であることを明示している。よって流体の運動方程式から導かれた結論は、流線の接線方向はベルヌーイの定理、法線方向は流線曲率の定理が流れを支配しているということになる。

・まとめ
私たちはまず第2回の記事で力の釣り合いから運動量保存の法則を論じ、運動方程式を導きました。そして第4回の記事ではこの運動方程式にバロトロピー性や保存力、定常流の条件を付加することでベルヌーイの定理を導きました。ベルヌーイの定理は原則流線上でしか成り立たない法則であるため、異なる流線どうしの関係を知るために今回は同じ運動方程式から流線曲率の定理を導きました。
結局これらの定理はすべて運動量保存の法則を基礎に成り立っているということです。
さて、冒頭でも述べたようにこの流線曲率の定理を調べていたらある興味深い議論を目の当たりにしたので最後に紹介したいと思います。それはたまたまインターネットで発見した、日本機械学会誌の論文「なぜ翼に揚力が発生するのか?-ベルヌーイの定理か流線曲率の定理か-」*3にありました。そこにはこんな記述があります。

以下引用

流線が正の揚力の方向.すなわち凸に湾曲している場合には,曲率中心,すなわち翼表面に向かって圧力が低下し,そのこう配は流速の2乗と曲率の積に比例することを示している。曲率が大きい,あるいは曲率半径が小さい翼近傍には,大きな圧力のこう配が発生する。圧力こう配の向きから翼近傍の圧力が最も低く、遠ざかるにつれて次第に大気圧に近づくことから,翼には下から上向きの力,すなわち揚力が働くことになるわけである.流線が凸に湾曲した領域では「周りに比べて圧力が低くなることからべルヌーイの定理より流れは加速されている」ということもできる.この説明は従来の「流れが加速された結果,圧力が低下する」という論理の逆である

引用終わり

つまり今までの揚力発生の一般論では、翼上面の流速が増してベルヌーイの定理から圧力が低下するので圧力差が生じ・・・となるのですが、この論文ではベルヌーイの定理と対をなす流線曲率の定理を持ち出して「圧力が下がるから流れは加速される」という真逆の論理を提示しています。まさに鶏が先か卵が先かという話に行き着いてしまった感があります。そこでこの論文を引用してかなり専門的な議論をしている京都大学大学院工学研究科航空宇宙工学専攻の方が書かれた揚力の説明*4から、この議論の見解について一部抜粋したいと思います。

以下引用

流線曲率の定理や、運動量理論は流線の曲がりにより、揚力が発生するというものである
これは、流線の曲がりにより上下の気圧差が生まれ、その結果上下の速度差が生まれるというものである
気圧差と速度差の因果関係がベルヌーイの定理とは逆になっている
気圧差の変化と速度差の変化は実際には同時に起きるので、結果的にはどちらも同じとなる

引用終わり

つまり圧力と流速の関係はどちらが原因でどちらが結果というわけではなく、運動量保存の法則に従って同時に変化をすると述べています。もうひとつ引用してみましょう。

以下引用

ベルヌーイで揚力は説明できない、翼の上側が高速になることも説明できない、ベルヌーイが間違っているわけではない、ベルヌーイでは因果関係は分からない、圧力と速度の関係式であり、どちらが原因かは分からない、渦の発生が説明できない

引用終わり

要するにベルヌーイの定理とは圧力と速度の関係性を明らかにしただけであり、その圧力と速度に変化を与えている根本的な原因要素については特になにも語ってくれないというわけです。たとえるなら、高いところからボールを落としたときにボールに勢いがつくのは位置エネルギーが下がった結果、運動エネルギーが増すからだと説明しているようなものでしょう。だからそもそもなぜ位置エネルギーが下がったのか、それは重力に引っ張られた結果だという根本的な原因を説明していないのと同じことになってしまうわけです。
ずいぶんと長いまとめになってしまいましたが、揚力を理解するまでの道のりはまだまだ遠そうです。

*1:方向微分  www.geocities.jp

*2:曲率  曲率 - Wikipedia

*3:高木正平(2010)「なぜ翼に揚力が発生するのか?-ベルヌーイの定理か流線曲率の定理か-」,Vol.113 No.1097 日本機械学会

*4:揚力の説明  京都大学大学院工学研究科航空宇宙工学専攻より引用