流体力学(前編)を読む 第7回
・はじめに
今回からはいよいよ渦についての話になります。渦は後に循環という概念に繋がり、循環は揚力を説明するのに重要な役割を果たしますので避けて通れません。今回はまず渦の極めて重要な性質である渦の不生不滅を表したラグランジュの渦定理というものを紹介したいと思います。
・本題
まずは渦度の定義を思い出そう。
\begin{equation}
\boldsymbol{\omega}=\mathrm{rot}\ \boldsymbol{\mathcal{v}}
\end{equation}
次に、今回もまた流体のバロトロピー性と外力の保存を仮定した運動方程式を出発点にする。
\begin{equation}
\frac{\partial \boldsymbol{\mathcal{v}}}{\partial \boldsymbol{\mathcal{t}}}=-\mathrm{grad}\ H + \boldsymbol{\mathcal{v}} \times \boldsymbol{\omega}
\end{equation}
ここで両辺に rot を作用させると
\begin{equation}
\frac{\partial \boldsymbol{\omega}}{\partial \boldsymbol{\mathcal{t}}}=\mathrm{rot}\ (\boldsymbol{\mathcal{v}} \times \boldsymbol{\omega}) \tag{7-1}
\end{equation}
を得る。ただし であることを用いた。
さて我々が今考えている渦とは流体中の微小な体積をもった球体状の粒子が持つ回転運動のことを指している。そしてこの粒子が持つ渦度が流体の流れとともにどのように変化していくのかを知ることが今回の目標である。まず流体粒子を追いかけてその変化を見るにはラグランジュ形式でなければならない。よって左辺はオイラー形式からラグランジュ形式に書き直さなければならない。また同時に右辺については rot についての公式を頼りに展開する。すなわち(7-1)式の左辺と右辺にそれぞれ以下の公式を適用する。
\begin{equation}
\frac{D}{D\mathcal{t}}=\frac{\partial}{\partial \mathcal{t}}+\boldsymbol{\mathcal{v}}\cdot \nabla \\[20pt]
\nabla \times ({\bf A}\times{\bf B})=({\bf B}\cdot \nabla){\bf A}-({\bf A}\cdot \nabla){\bf B}+(\nabla \cdot {\bf B}){\bf A}-(\nabla \cdot {\bf A}){\bf B}
\end{equation}
これらを用いると(7-1)式は
\begin{align}
\frac{D\boldsymbol{\omega}}{D\mathcal{t}}-\cancel{(\boldsymbol{\mathcal{v}}\cdot \nabla)\boldsymbol{\omega}}=(\boldsymbol{\omega}\cdot \nabla)\boldsymbol{\mathcal{v}}-\cancel{(\boldsymbol{\mathcal{v}}\cdot \nabla)\boldsymbol{\omega}}+(\nabla \cdot \boldsymbol{\omega})\boldsymbol{\mathcal{v}}-(\nabla \cdot \boldsymbol{v})\boldsymbol{\omega}
\end{align}
となる。ここで右辺の第3項については
\begin{align}
\nabla \cdot \boldsymbol{\omega}=\mathrm{div}\ \mathrm{rot}\ \boldsymbol{\mathcal{v}}=0, \hspace{10pt}
\text{ただし} \mathrm{div}\ \mathrm{rot}\ {\bf A}=0 \text{を用いた}
\end{align}
より。第4項については連続方程式
\begin{align}
\frac{D\rho}{D\mathcal{t}}+\rho\ \mathrm{div}\boldsymbol{\mathcal{v}}&=0\\
\mathrm{div}\ \boldsymbol{\mathcal{v}}&=-\frac{1}{\rho}\frac{D\rho}{D\mathcal{t}}
\end{align}
を代入して整理すると
\begin{align}
\frac{D\boldsymbol{\omega}}{D\mathcal{t}}&=(\boldsymbol{\omega}\cdot \nabla)\boldsymbol{\mathcal{v}}+\frac{1}{\rho}\frac{D\rho}{D\mathcal{t}}\boldsymbol{\omega}\\[10pt]
\frac{D\boldsymbol{\omega}}{D\mathcal{t}}-\frac{\boldsymbol{\omega}}{\rho}\frac{D\rho}{D\mathcal{t}}&=(\boldsymbol{\omega}\cdot \nabla)\boldsymbol{\mathcal{v}}\\[10pt]
&\text{両辺を}\rhoで割って\\[10pt]
\frac{1}{\rho}\frac{D\boldsymbol{\omega}}{D\mathcal{t}}-\frac{\boldsymbol{\omega}}{\rho^2}\frac{D\rho}{D\mathcal{t}}&=\left(\frac{\boldsymbol{\omega}}{\rho}\cdot \nabla \right)\boldsymbol{\mathcal{v}}\\[10pt]
\frac{D}{D\mathcal{t}} \left(\frac{\boldsymbol{\omega}}{\rho} \right)&=\left( \frac{\boldsymbol{\omega}}{\rho}\cdot \nabla \right)\boldsymbol{\mathcal{v}} \tag{7-2}
\end{align}
を得る。ただし左辺の最後の式変形は商の微分を逆に適用した。この式は渦度の方程式と呼ばれている。この式が重要なのは次の事実を示唆するからである。今時刻 で だとすると
\begin{equation}
\frac{D}{D\mathcal{t}} \left(\frac{\boldsymbol{\omega}}{\rho} \right)_{t=0}=\left( \frac{\boldsymbol{\omega}}{\rho}\cdot \nabla \right)_{t=0}\boldsymbol{\mathcal{v}} =0
\end{equation}
つまり の変化率がゼロなので微小時間 後もやはり のままである。これを繰り返すと結局、渦の無い流体粒子はすべての時間で渦なしを保つのである。逆に渦のある粒子はすべての時間で渦ありを保つ。これはもしある時刻で渦が消滅したとすると、その時刻から遡ったときに(7-2)式よりすべて渦なしになってしまい矛盾が生じるためである。このように渦は発生することも消滅することもないということをラグランジュの渦定理と呼ぶ。
・まとめ
今回得られた結果は我々の日常の感覚からすると不自然です。なぜなら私たちは渦のない流体から渦が発生する例を、そして渦のある流体から渦が次第に消滅していく例をいくらでも挙げることができるし目の当たりにしているからです。ではなぜこのような不自然な結果を得てしまったのでしょうか。それは粘性を考慮に入れていないからです。流体でいう粘性とは流体粒子に接線応力が働くことを言います。接線応力とは字のごとく流体粒子の接線方向に働く力のことで、つまりは回転運動を与える力になりうるものです。このような力が働かない流体のことを特に完全流体と言いますが、実はここまでの議論では暗黙にこのことを仮定していました。たしかに接線応力が働かなければ、回転運動をしていない流体粒子に回転運動を与えることはできなそうですし、逆に回転運動をしている流体粒子にその回転を止めさせることもできないことは容易に想像がつきます。これは普通の力学で言えば、摩擦を考慮にいれなければ角運動量の保存則が成り立つということと本質的には同じだと解釈できます。
さて実際の物理現象で摩擦を考慮に入れないと現実との乖離が大きくなるのと同じように、流体でも粘性を考慮に入れないとやはり現実との乖離が大きくなるのではという心配が出てきます。おそらくこの懸念は間違いではないと思いますが、物理学のどんな分野でも最初は簡単化のために理想的な条件で考えます。この本でもしばらくは完全流体という理想的な流体を仮定して議論されていくので覚えておきましょう。