社会人からの物理と数学

趣味ではじめた物理や数学の内容を備忘録としてまとめていきます。

流体力学(前編)を読む 第10回

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本書 第25項 2次元の流れ

・はじめに
今回は扱う流体をより簡単化することを考えます。今までにも完全流体や保存力、バロトロピー性、縮まない流体の仮定など様々な簡単化、単純化をおこなってきましたが、やはりまだ未知数が多いという点で複雑なことに変わりありません。未知数とはすなわち流速 \boldsymbol{\mathcal{v}}(u,\mathcal{v},w) のことです。この3変数がもし1変数になったらシンプルで扱いやすいでしょう。今回はそこを目指していきます。


・本題
 最初に結論を書いてしまうと、渦なしの流れを考えたときに
\begin{equation}
\mathrm{rot}\ \boldsymbol{\mathcal{v}}=0
\end{equation}
であるから、ベクトル解析の公式*1により速度ベクトルは
\begin{equation}
\boldsymbol{\mathcal{v}}=\mathrm{grad}\ \varPhi
\end{equation}
と表すことができる。これは3変数を持つ流速ベクトル \boldsymbol{\mathcal{v}}(u,v,w) が1つのスカラー関数 \varPhi の勾配として表されるということを意味し、\varPhi を特に速度ポテンシャルという。これで変数を減らすという目的自体はあっさり達成してしまった。ただこの \varPhi が前回定義した流速積分からも導かれるのでそのことを次に見ていきたい。
 前回は流速積分として
\begin{equation}
I(ACP)=\int_{A(C)}^P \boldsymbol{\mathcal{v}}\cdot d\boldsymbol{r} 
\end{equation}
なるものを定義した。前回説明したように考えている領域が単連結渦なしであれば、ここに定義した流速積分AP のみに依存し途中経路の C の選び方にはよらない。さらに点 A を固定して考えるとこれは点 P だけの関数になる。そこで I(ACP) を改め
\begin{equation}
\varPhi(P)=\int_A^P \boldsymbol{\mathcal{v}}\cdot d\boldsymbol{r} \tag{10-1}
\end{equation}
と表すことにする。いま点 P の近傍に点 P' をとり、その差を考える。
\begin{align}
\delta \varPhi&=\varPhi(P')-\varPhi(P)=\int_A^{P'}-\int_A^P=\int_P^{P'}\boldsymbol{\mathcal{v}}\cdot d\boldsymbol{r}\\
&\approx \boldsymbol{\mathcal{v}}\cdot \int_P^{P'}d\boldsymbol{r}=\boldsymbol{\mathcal{v}}\cdot \delta \boldsymbol{r}
\end{align}
これと \varPhi に関する全微分の式
\begin{equation}
\delta \varPhi =(\mathrm{grad}\ \varPhi) \cdot \delta\boldsymbol{r}
\end{equation}
を比べると結局
\begin{equation}
\boldsymbol{\mathcal{v}}=\mathrm{grad}\ \varPhi \\[6pt]
u=\frac{\partial \varPhi}{\partial x},\hspace{10pt} \mathcal{v}=\frac{\partial \varPhi}{\partial y},\hspace{10pt} w=\frac{\partial \varPhi}{\partial z} \tag{10-2}
\end{equation}
という関係式が得られる。このように渦なしの流れでは3個の未知数 (u,v,w) が1個の変数 \varPhi にまとめられるので数学的な扱いが楽になるという大きなメリットがある。
 
 さて、先程は流速積分からポテンシャルを得るところを見てきた。これとまったく同じノリで今度は次のような関数を定義してみる。
\begin{equation}
\varPsi (ACP) =\int_{A(C)}^P \mathcal{v}_n ds
\end{equation}
 ただし今度は2次元の流れという制約を課し、ds は曲線 C の線要素、\mathcal{v}_n は流速 \boldsymbol{\mathcal{v}}C への法線成分(左から右を正)とする。この関数の値も速度ポテンシャルと同様に曲線 C の選び方にはよらない。なぜなら関数 \varPsi は曲線 C を通過する流量を表しており、これを閉曲線内に流入する量だとすると、別の曲線 C' を通過する流量は閉曲線外に流出する量だと考えられ、これらはふつう等しいからである。ただし流体力学で定義される湧き出し吸い込みが閉曲線内に存在するとこの事実は成り立たなくなるため、それらがないことを要請する必要がある。つまり閉曲線内で勝手に流量が増えたり減ったりしなければ良いので、質量保存の法則を課せば良い。いま縮まない流体を考えるなら、質量保存の法則とは\begin{equation}
\mathrm{div}\ \boldsymbol{\mathcal{v}}=0
\end{equation}
で表される。ちなみに発散 div自身が数学的に湧き出しや吸い込みを表す量として解釈される。
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 2018.8.20 訂正
 この関数 \varPsi も速度ポテンシャルと同様に経路 C の選び方によらないことを期待したい。そのためには次のことを要請する必要がある。まず関数 \varPsi は曲線 C を通過する流量を表している。よって図のような別の曲線 C' を通過する流量もこれに等しければ、その経路の選び方にはよらないと言える。各々を通過する流量が等しいとはすなわち流入する量と流出する量が等しいということを意味し、これは数学的に
\begin{equation}
\mathrm{div}\ \boldsymbol{\mathcal{v}}=0
\end{equation}
で表現される*2。つまり湧き出しがないということになる。
 ここで質量保存の法則から導かれた連続の式
\begin{equation}
\frac{D\rho}{Dt}+\rho\ \mathrm{div}\ \boldsymbol{\mathcal{v}}=0
\end{equation}
を思い出すと、\mathrm{div}\ \boldsymbol{\mathcal{v}}=0 より必然的に
\begin{equation}
\frac{D\rho}{Dt}=0
\end{equation}
が成り立つ。これは縮まない流体の定義式であったから、要するに縮まない流体を仮定すれば関数 \varPsi は経路 C の選び方によらなくなる。(訂正終わり)
 このような仮定のもと速度ポテンシャルのときと同じように 点A を固定してしまえば \varPsi は結局点 P だけの関数になるから改めて書くと
\begin{equation}
\varPsi (P) =\int_{A}^P \mathcal{v}_n ds \tag{10-3}
\end{equation}
のように表すことができる。これは点 A と点 P の間を通る流量を表すことから特に流れの関数と呼ばれる。さてここでも先程と同じように点 P の近傍に点 P' を置いてその差を考える。
\begin{align}
\delta \varPsi&=\varPsi(P')-\varPsi(P)=\int_A^{P'}-\int_A^P=\int_P^{P'}\mathcal{v}_n ds\\[12pt]
&\approx \mathcal{v}_n \int_P^{P'}ds=\mathcal{v}_n\delta s=||\boldsymbol{\mathcal{v}} \times d\boldsymbol{r}||=
\left| \left| \begin{array}{c}
\cancel{\mathcal{v} dz} -\cancel{\omega dy} \\
\cancel{\omega dx} -\cancel{u dz}\\
u dy- \mathcal{v}dx
\end{array} \right| \right| \\
&=u dy - \mathcal{v} dx
\end{align}
途中で \mathcal{v}_n\delta s\boldsymbol{\mathcal{v}}d\boldsymbol{r}外積の大きさに等しいことを用いた。また2次元の流れを考えているので \omegadz0 である。
 これと \delta \Psi の全微分の式
\begin{align}
\delta \varPsi =\frac{\partial \Psi}{\partial x}dx+\frac{\partial \Psi}{\partial y}dy
\end{align}
を比べると結局
\begin{equation}
u=\frac{\partial \Psi}{\partial y},\hspace{10pt}\mathcal{v}=-\frac{\partial \Psi}{\partial x} \tag{10-4}
\end{equation}
という関係式を得る。これで速度ポテンシャルのときと同様に速度ベクトル \boldsymbol{\mathcal{v}} を流れの関数 \varPsi でまとめることができた。ちなみに流れの関数を定義するときに条件として課した \mathrm{div}\ \boldsymbol{\mathcal{v}}=0 に(10-4)式を代入してみると
\begin{align}
\mathrm{div}\ \boldsymbol{\mathcal{v}}&=\frac{\partial u}{\partial x}+\frac{\partial \mathcal{v}}{\partial y}\\[6pt]
&=\frac{\partial}{\partial x}\frac{\partial \Psi}{\partial y}-\frac{\partial}{\partial y}\frac{\partial \Psi}{\partial x}=0
\end{align}
となるので湧き出しのないことが確かめられる。

訂正の経緯
 この先、ここで定義した速度ポテンシャルと流れの関数を用いて流れを記述するのですが、そこで当然のように湧き出しと吸い込みが出てくることに疑問を抱いたのが発端でした。本文中にも書いたように流れの関数を定義するには \mathrm{div}\ \boldsymbol{\mathcal{v}}=0 を要求しなければなりません。これは湧き出しがないことを意味するのに、その流れ関数で湧き出しを表現するとはどういうことだとなったのです。そしてしばらく数式を眺めているうちに、もっと根本的な疑問にぶち当たりました。それは連続の式
\begin{equation}
\frac{D\rho}{Dt}+\rho\ \mathrm{div}\ \boldsymbol{\mathcal{v}}=0
\end{equation}
です。もし縮む流体 \displaystyle \frac{D\rho}{Dt}\neq 0 ならば  \mathrm{div}\ \boldsymbol{\mathcal{v}} \neq 0 となり湧き出しか吸い込みがあることになってしまいます。しかしそもそも連続の式は質量保存の法則から導かれた等式であるため湧き出しや吸い込みの存在が式から語られるのは矛盾していると思ったのです。
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 とりあえずこの連続の式の疑問に答えるべく自分なりに考えてみました。図のように微小な立方体に向かって四方から流体が流れ込んでくる状況を仮に考えます。この場合流れとしては吸い込みに該当するので \mathrm{div}\ \boldsymbol{\mathcal{v}}<0 となるでしょう。そして当然、この微小な立方体に流れ込んだ流体は消滅することなくこの立方体内で圧縮され質量が増加していくこと(質量保存の法則)になります。つまり \displaystyle \frac{D\rho}{Dt}> 0 となるわけです。要するに無限に湧き出したり吸い込んだりするような点の存在は質量保存の法則では許していないが、流体が圧縮性を有する場合には短期的に任意の場所で湧き出しや吸い込みのような挙動を示すことがあるようです。この点を明確に区別しないと湧き出しという言葉に振り回されてしまいます。
 それでもいわゆる無限の流量の湧き出しと吸い込みを有する点が、流体の中で定義されるのは質量保存の法則に反するのではという疑問が湧きます。しかしどうやらこの点は特異点という扱いを受けるようです。つまりこの点は数学的な点で、流体という実体を扱う際には領域から除外すれば良いという発想になります。いずれにせよ詳しいことは追々考えていくことにしましょう。


・まとめ
 今回は速度ポテンシャル \varPhi と流れの関数 \varPsi というふたつの形でそれぞれ流速 \boldsymbol{\mathcal{v}}(u,\mathcal{v},w) を表現することができました。なぜわざわざふたつの方法で表現したかというと、これらふたつの組み合わせではじめて2次元の流体の運動を複素関数で表現することができるようになるからです。そして流体を複素関数で表現してしまえば、それは数学の複素関数論という強力な武器で解析することができてしまいます。次回からはいよいよ複素関数の登場です。

 最後に、今回は流れの関数を理解するために様々なサイトを参考にさせていただきました。参考文献ということで3つほど載せておきます。*3*4*5